最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)1323号 判決 1966年11月17日
主文
なし
理由
上告代理人田中一男の上告理由第一の一及び第三の一について。
論旨は、本件第三目録記載の物品については売買は成立しなかつたものであるのに、これが代物弁済されたとした原判決は、代物弁済の目的たる株式会社丸洋の債務の確定につき審理不尽の違法及び法律解釈を誤つた違法があるという。
しかし、原審は、右物品を代物弁済として受領したものであることは上告人の認めるところであるばかりでなく、売買不成立をいう上告人の主張が仮りに自白を取り消す趣旨であるとしても、証拠によれば売買契約が成立した結果品物を丸洋に送つたことが明らかであるから、右主張は採用に値しないとしているのであつて、右原審の判断は首肯できないことはない。原判決には、所論違法はなく、所論は、ひつきよう、原審が適法にした事実認定に対する非難を前提として右違法をいうにすぎないから、採用できない。
同第一の二及び第三の二について。
論旨は、本件第三目録記載の物品については、上告人において民法三一一条六号、三二二条により特別の先取特権を有するから、これを代物弁済として受領しても否認さるべきものではないと主張する。
およそ、民法三一一条六号、三二二条により特別の先取特権を有する者は、法定の手続によりこれを行使すべきであつて、当事者間の和解に基づき代物弁済としてその物品の引渡を受くる行為は、たとえ右先取特権を有するにしても、破産法七二条一号の適用により否認権行使の対象たることを免れるものではなく、ただ、この場合、否認権行使の範囲は右物品の価格より右先取特権者が一般債権者に優先して弁済を受くべき債権額を控除した残額を標準としてこれを定むべきものと解するを相当とする。従つて、この点に関する原判示判断はまことに正当である。そして、原判決は右判断の上に立つて、本件につき「被告(上告人)においてその債権額につきなんらの主張立証がないから、これを判示物品の価格より控除するに由なく、原告(被上告人)は右物品の価格全部につき否認権を行使し得べきである」旨を判示しているのである。
しかし、上告人が本件第三目録記載の物品はその売買が成立していないから返還を受けたものであるとか、右売買を合意解除して返還を受けたものであるとか主張しているのに加えて、特別の先取特権があるから代物弁済は詐害行為にならないと主張している等の弁論全趣旨に徴すれば、上告人は、被上告人主張のような本件第三目録記載の物品による代物弁済は右物品の各売買代金の支払に代えてなされたものであつて、同目録記載の代物弁済額が右物品の各売買代金額そのものであることを主張しているものと解し得ないでもない。また、第三目録記載の物品が同目録記載の金額をもつて代物弁済されたものであることは、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が甲第一号証により認定するところであるが、甲第一号証の記載及び右物品が代物弁済として引き渡された経緯に関する原判決認定の事実に徴すれば、特別の事情なき限り、右物品はその各売買代金の支払に代えて引き渡されたもので、かつ原審が弁済された債権額として認定するところは、該物品についての売買代金額それ自体であるとなすのがむしろ相当であると考えられなくもなく、とすれば、原審が不明とする売買代金額は、必ずしも立証がないとはいえないのである。しからば、叙上の点につき深く思いを致した形跡がなくたやすく、第三目録記載の物品の売買代金債権額の主張立証がないものとして、右物品の価格全部につき否認権を行使し得る旨の原判決の認定判断は、審理不尽または理由不備のそしりを免れず、この点に関する論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。
同第二及び第三の三について。
論旨は第三、第五、第六目録の物品について価格償還は時価により決定すべきものであるのに、時価の認定がなく、審理不尽の違法があるという。
否認権行使の場合、現物の返還が不可能のためこれに代つてなさるべき価格の償還の範囲は、否認される行為の時点における価格ではなく、否認権の行使される時点における価格を基準として決定すべきものであることは、破産法七七条の法意に照らして明らかである。本件について、原判決は「本件否認された行為は代物弁済としてなされたものであるところ、右商品の価格は小売価格を丸洋側でつけたものであると認められ、他に特に時価とかけはなれたものと認められる証拠もないから、その物品返還に代わる価格の償還も弁済された債権額によるべきである」と判示している。しかし、右判示の時価が否認される行為の時点における時価であるか、否認権の行使された時における価格であるか明示されていない。原審の確定する事実によれば、第三目録の物品の代物弁済時は昭和二九年一二月二七日及び同月二九日であり、第五目録の物品のそれは同三〇年二月一四日であり、第六目録の物品のそれは同三〇年七月七日であるが、一方本件訴状が上告人に送達されて否認権行使の意思表示がなされたのは、記録によれば、昭和三一年一一月二七日であつて、反証なき限り原判示の各代物弁済の価格が代物弁済当時の物品の時価と大差なきものと推定されるにしても、右代物弁済時より一年余を経過した本件否認権行使当時の時価との間における変動の有無は、本件物品が服地類であることの特殊性と一般物価趨勢との相関関係において十分検討の上認定すべきものである。しかるに原審が前記認定の如く、その時価に関する時点を明らかにせず、その価格の変動について十分審理判断をしないまま償還すべき価格を認定したのは、審理不尽のそしりを免れず、この点についても論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、右破棄部分につき更に審理を遂げしむるため、本件を原裁判所に差し戻すべくまた、原判決その余の部分に対する上告は、その理由がないからこれを棄却。